駄目なときもあると思う


でも駄目で終わりなんて




哀しいじゃんか…





【 BlueSky - LightSun 】





仲間だとか 信頼だとか 団結だとか


全部、いらない




偉く大人だとか言われるが


違う。そんなもんじゃねぇ。俺は、





大切な奴を失うのが厭なだけなんだ―



* * * *


「リコウ。」


俺の名を繰り返して呼ぶそいつは、



「李杏、って言うんだ。」


紅橙の髪と濃い空色の瞳をしていて遠目からでも目立つ、そんな奴だ。



「私の名はノクス。」

宜しく。と笑って俺に手を差し出した。

その笑いがにやりだと思ったのは気のせいだろうか。




「…宜しく。」

「つか、ちっせ!」

「うるせェッッ!」


第一印象 最悪  決定。




「せめて華奢とか小柄とか言い方ねェのかよッ」


俺の身長は100cmあるかないか。

ノクスの方は150cmを普通に越す位の高さ。



歳の差はあると言えど、女に負けた。

そんなショックを受けている俺の気も知らずわはは、とノクスは笑った。

…というかこいつは本当に女なのだろうか。




「ま、いや。とりあえずこれから宜しく。」

目尻に涙を溜めて、ノクスはもう一度手を差し出す。

ムカムカしながらも俺はノクスの手に自分の手を合わせた。




何故か、太陽に反射して、明るく輝いている紅橙の髪の毛より、

深い…真っ白な雲が似合いそうな真夏の空の色をした瞳の方が



  印象的だった――...








俺達はモンスター退治をしている。

今、俺の住む街は《覆いの森》と呼ばれる不気味な森があって

そこからモンスターが湧き出てくる。

時々人をも殺す奴らだ。


ハンターと呼ばれた俺達は、そのモンスターを退治しに行く。

それがモンスター退治なわけだ。



モンスター退治は指令が出たらモンスターを倒しに行く、そういう仕事だ。



ほとんどの指令は1つの場所に2〜3人ほどのハンターがかり出される。

俺とノクスは今日初めて顔を合わせてペアを組む事になった。



歩きながらノクスは俺に色々喋り掛けてくる。

ただ俺に返事は求めていないらしい。

俺は時々「へぇ。」なんて適当に返して相槌を打つだけだった。




最初はウザい奴、位にしか思わなかった。




そして少し経った時。


「君、幾つ?」

「あ?」

「だから、歳いくつ?」



そういうものは最初に聞くもんじゃないんだろうか。





「…七。」


「…え」




やっぱり。こいつもそうか。と思った。

俺の歳を聞いてくる奴は大抵7歳なのに、とか何たら言う。

その度に俺は歳に関係ないだろ、と睨んで返す。



一つ、小さな溜息をついて繰り返した。


「七だ。悪いか?」

「全く。」

「あ?」

「悪くないと思うよ。


まあ、確かに異様だけどね。」



睨むことを忘れた。

こんな事言う奴は初めてだったから。

当のノクスはそっか、七か。とか言っている。



「…お前は?」

「15。」

「ふーん。」

「アンタの2倍もあるんだね、私。」


蒼空色の瞳が笑った。


「おばさんだ。」


ケラケラと笑うもんだから、俺もつられて笑った。

するとノクスが顔を覗き込んできた。



「お。」

「ンだよ。」

「お前、今日初めて笑ったな。」

「はぁ!?」

「ガキの癖に。もっと笑えよ。ここ、皺寄ってるぞ。」



ノクスは俺の眉間を指でぐりぐりした。



「な…はなせッ!」

「はいはい。」

「はい、は一回でいいッ!」

「はぁ〜い」



ノクスは手を離すとそのままその手を振った。




「んじゃね」
ばいばい。




そう言って向けられた背に俺は呟いた。

「わけわかんねェ…」




ノクスの背中が見えなくなるまで、その後姿を睨みつけた。

すると背後に誰かの気配を感じた。

「誰?今の人。」


桜子【ちえり】。一応義姉だ。

肩につく、サラサラの黒髪が揺れた。



「ノクスって言う奴。…新しいペア。」

「ふうん…」



自分から聞いておいて興味なさげな返事だ。

いや、興味はあるんだろう。

桜子姉はそういう人だ。

ノクスの行った先を見つめていた。




「…李杏。」

「…」

「李杏。」

「何だよ。」


「…あんまり仲良くなったら良くないよ。」

「…別に。」




桜子姉が言いたい事は分かる。なんとなくだけど。

無言のまま桜子姉の方を見た。

桜子はまだ、ノクスが消えていった場所を見つめていた。








―ノクスと出会ってから2ヶ月程。



俺はノクスと最低限以上話さないつもりだったが

ノクスの方は何かと俺に絡んできた。


俺を揄うノクスのペースについ巻き込まれ、気付いた時には既に遅し。

カラカラと笑うノクスを見て、今度こそは絶対返事しねぇ、と誓う。(でも次も又返事をしてしまう)



ただノクスは戦いになると目の色が変わった。


『私を嘗めんなよ?』


にやっと笑いそう言うノクスの腕前は確かなものだった。

いつもの性格とは裏腹、物凄い威圧感があった。

モンスターを撫で斬りするしていくノクスに、俺は確かに興味を持った。




ノクスの言う事言う事ツッコんでると疲れるが

そんな中楽しんでいる自分が居る。

戦闘の時は後ろを気にしないで戦える。


そんな奴だったからこそ、俺は興味を持ったんだ。







少し経って俺は初めてノクスの過去を聞いた。



「昔ね。大分昔なんだけどさ。あたしには弟が居たんだよ。」

「弟…。」

「そう、李杏とちょうど同じ位の。」

「昔って、…今は?」

そう聞くと、ノクスは寂しそうに笑った。



「死んだよ。モンスターに殺された。」

笑っている、されど空の目が泣いているように見えた。


「あたしはあの子にあんまり構ってあげられなくてさ。

でも時々遊んであげた時にめちゃめちゃ可愛い顔するんだ。」


何となく、分かったような気がした。



ノクスが俺を笑わそうとしてるわけ、とか。

今なんでノクスはハンターをしているか、とか。



話を続けるノクスの横顔はまだ寂しそうな笑顔が残っていた。







又少し経ったある日、俺とノクスは次の任務を言い渡された。


「指令?」

「そうだ。」

「ふぅん…。じゃ、荷物纏めなきゃな。」



「…ああ…。」


「どうした?…姉ちゃんと離れるのそんなに寂しいか?」



その瞬間、俺の拳はノクスの方へ飛ばされる。

…まあ、何時も止められるわけだけど。



「…言ってろ。」

「はいはい。んじゃ、又後でね。」


つくづく鬱陶しい野郎だ。


俺はノクスが言った反対方向に歩きながら左手で握っていた書類に目を向けた。

「数が、な…」

俺も準備を始めた。






「そういえば、今度はどういうところなんだ?」

ノクスと合流し、足早で歩いているとノクスが訊ねてきた。


「…森の、奥だ。」

「そか。」

ノクスはそれ以上訊いてこない。




「…数が。」

「ん?」




俺は立ち止まって言う。

「数が…よく分からないって…」



ノクスも立ち止まってもう一度、そか。と言った。





数が分からないと言えば

多いか強いか。

何故か“上”はソレを隠すのだ。


自分自身でも分かるほど、俺の顔は険しくなっていた。

しんみりとした空気の中、ノクスは明るい声で言った。




「大丈夫さ。あたしがいるだろ?」


「…何処まで自信過剰なんだよ…。」



「お、七ちゃいの子の口からそんな言葉が出てくるとは。感心感心。」

「七ちゃい言うなっ!日本語喋れ!何が感心だッ!」

「はいはい、的確なツッコミ有難う。やっといつもの調子出てきたね。」





驚いてノクスの顔を見ると、目を細めて笑っていた。

「っち…」

「人の顔見て舌打ちするとは何事ォ〜?」

「あのな…」

「はい。冗談は此処まで。」


ノクスは胸の前でパチンと両手を合わせた。



「自分から話振ってそれかよ…」

ノクスは俺の呟きなんか無視してどんどん話を進めていく。




「今回の任務は多分…長くなるね。」

「…あぁ。」

「宜しく。」


手をパチンと合わせる。

ノクスの顔は笑っていた。


心の中では多分、笑ってなんかいないんだろうけど。




「さて、急がないとな。」

「…あぁ…」







1日かけてモンスター出没予想地に行くと

既に一体のモンスターが居た。



ノクスは戸惑わず留め具から剣を抜いた。

シャンッと鳴った音にモンスターが反応した。




「はあぁあッッ!」




構える時間も与えずそのまま走っていった。

俺は溜息を一つ吐いてその後を追った。




しかし俺が剣を抜く前にはもう終わっていた。

いつもの事だが驚異の速さに驚く。


「終わった。」

「…前より速くなってる気がする…」


にやっとノクスは笑い、そりゃ修行してますからと言った。

しかしのんびりしてる暇もなく、色んな所からモンスターのなんとも言い表せない奇妙な鳴き声が聞こえた。




「やっぱり沢山いるね。…バラバラで。」

「…あぁ。」

「分かれるか。ちゃんと1人で行ける?」




冗談なのか、本気なのか。


手を李杏の肩に置いてノクスはノクスらしい言葉を口にした。

俺は何ともないその言葉と

モンスターをあっさり殺ってしまうノクスが無性に腹が立った。




「どうかしたか?」


黙り込んだ俺の顔をノクスが覗き込んだ。




「……だよ…。」

「ん?」



「1人でもできるっつってんだよッッ!!」



肩にのせられた手を振り払った。

ノクスの顔を睨んだ。


その顔は驚いたような、悲しそうな

それでいて、どこか分かっていたような複雑な顔だった。



「…バカにすんな…」



何時も莫迦みたいに守られてばっかりの俺。

俺だってプライドっつもんがあんだよ。




固まっているノクスを放って、俺は歩き出した。

「…そうだね…」

ノクスが何か呟いたけど、俺には聞こえなかった。





イラつく。イラつく。イラつく。





次から次から湧き出てくるモンスターを

俺は斬り倒して行った。

異臭がして頭が痛い。



そろそろ休みたいと思ってもまだまだモンスターは出てくる。

足に衝撃が走った。足をやられた。


「…っち」


呆れる程でかい身体をしているそのモンスターに俺は取り掛かった。

足のことなんか気にせず横に生えていた木の幹に剣を刺し、素早く上にある枝に登る。

剣を引き抜き其処から更に上へ跳躍した。




「…はあぁあああぁッッ!!」




俺が斬ったと同時、そいつの首が転がった。


「クソが…!」


荒い息を整えようとした。




その時、モンスターが近くに迫っている事に気が付いた。





(後ろ・・・!)





後ろを見上げるとカマキリの鎌のようなものを持っている莫迦でかいモンスターが居た。





(間に、合わねェ…!)





さっきのモンスターと余り変わらない大きさのそいつは

もう鎌を振り上げていた。

ギュッと目を瞑った。







キィンッ――…



「やっぱり1人じゃ駄目だね。」

聞き慣れた声を聞いた。



目を開けると、ノクスが笑っていた。

「…るせェ…」



さっき自分から突き放したのに

今此処にノクスが居てほっとしている自分が居た。




「…お前、後ろ…!」




ノクスの背後にさっきのヤツが居た。


「…っ」


ザシュっという音が聞こえた。




ノクスがモンスターを斬っているのが見えた。


しかし、そいつの鎌がノクスの身体を切り裂いていたのも、見えた。





痛い足を忘れて、ノクスが倒れるのを支えた。

その時にかかった体重の軽さとか筋肉が勝った腕が細いことに気がついた。




「だいじょ、ぶか…?」

俺の足の傷よりも深手の胸辺りから腹を横断して腰辺りまである傷から血がどくどくと流れていた。




「大丈夫、殺ったよ…」

「…っそっちじゃ、ねぇ!!」



「身体は…分からない…。でも、あんた守れて、よかった…」



「ば…。」




ノクスは笑った。

何時も思っていた。



笑ったら空色の目が見えなくなって少し残念な気分になるんだ。



「…ンな時まで…笑うなッ…」




何となく、分かってたんだ。

もうノクスは持たない。

ぱっくりと開いているこの傷がそう言うんだよ。




「莫迦、だなぁ…お前…」

ノクスの声は段々小さくなっていった。




「多分、今のが…最後のヤツだな…」

「だから今はそんなこといいんだってばッッ!」


「…っはは、変な顔…」

何時の間にやら俺は涙を流していた。




「喋るな…」

「わ、たし、はさ。アンタを、弟に…重ねてたんだ、な多分…。」

俺が言った事も聞かず、ノクスは喋り続けた。傷から血が大量に出てくる。




「御免な…」

「…っ」



謝らなきゃいけないのは、俺の方なのに。

声が出なかった。




「アンタ…の怒った以、外の顔…久し、ぶり、見た…」

ノクスはずっと笑ったままだった。

ノクスの左手が伸びてきて、俺の眉間に人差し指を置いた。




「…と…」

「…なッ!」




お前、もっと笑えよ。




最後ににこっ、と。

蒼空の瞳から一筋の涙が流れた。

その瞳から光がすぅっと消え、伸ばしていた手は力なく崩れた。




「待…」


いつの間にかノクスの身体は冷えていて

見た目より細いその身体を暖めようとしてもそれの倍以上の速さで冷たくなっていく。





「ああぁぁああぁああぁッッ!!」





桜子姉が言いたかったのは

多分こう言うことだったんだろう。




ノクスが消えた時

俺が、壊れてしまうんじゃないかと

心配したんだと思う。



だから…だから仲良くなんかなろうと思ってなかったのに…




「こ、な、事って…あり、かよ…っ」

まだ俺は謝ってないのに。

感謝の言葉も言っていないのに。





こいつと初めて会った時に

俺は太陽を見つけた気がした。


真っ白な雲が似合う真夏の蒼空の瞳に紅橙の髪。


まるで空に輝く太陽だと思ったんだ。








仲間だとか 信頼だとか 団結だとか


全部、いらない




偉く大人だとか言われるが


違う。そんなもんじゃねぇ。俺は、





大切な誰かを失った時に壊れて泣き叫ぶのが


怖いだけなんだよ…―








その後、俺はどうやって帰ったのか覚えてない。

ただハンター達が住む建物にノクスを引き摺って帰って来たと聞いた。

俺の足の傷も酷くなっていて、完全治癒するまでに幾らか長い時間が必要と言われた。







1週間後。

俺は何とかベットから抜け出して

死去したハンターたちの為に創られている墓場に行った。

ノクスの墓は簡単に見つかった。




小さな花の束を置いた。

それから、手を合わせて呟いた。




「御免な、有難う。」





ごちゃごちゃと言わなくても、此れだけでいいと思った。

「…桜子姉。」

其処にいるであろう桜子に話し掛けた。



「…何?」

やっぱり、居た。



「俺、此処出ようと思う。」

「…そう。」

「普通の子供やってみてもいいかと思ったんだ。」





アイツの、弟みたいに。





少し出遅れたが、子供をやってみるのも悪くない。



子供をもう一度やってみたところで

俺が笑えるようになるか、とか 今の子供と同じようにできるかとか


そんな事はわからねェ。



でも、やってみようと、思うんだ。






今日は、蒼い空に太陽が輝いて見えた...








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