彼がいつもいる場所には大きな木があった。もうハゲ込んで、果実も葉っぱさえもない。
顔に当たる風は冷たくて、体はぶるぶる震えているのに、心だけはあたたかい。
そうだ。いつもそうなんだ。
彼に会っていない時は、どうして彼が好きなのか分からなくなるのに、会うといつもあたたかくなった。
彼を見る度に感情が沸き起こり、そうだ、といつも思う。
私は彼のことが好きなんだ。
忘れていた芽が息吹く。
彼は、強風に振り落とされた果実みたいに、木の根元に丸まって座り込んでいる。
自信なんてない、強くなんてない、落ちこぼれなんだよって、自己暗示をかけているみたい。
でも私は知っている。彼は本当に優しい人で、もっと自信を持てばいいということ。ひとりになるのが怖くて群れている人々なんかより、ずっと強いということ。人生これからなんだから、これから這い上がればいいってこと。
だからそんなに、悲しい顔で笑わないでよね。
「訳あり果実ってあるでしょ。収穫の直前に強風で落ちてしまったものとか、出荷時に傷が付いていたとか」
「…うん」
「美味しいのに、酷いよね。果実が悪いんじゃなくて、支えてた枝や、天候や、周りの環境の所為なのにさ」
「…」
「だって悲しいじゃない?その果実だって、他のと変わらず同じだけ、育ってきたのに。何も知らずに。かわいそうだよ。そう思わない?」
「…」
「あれ?あたしだけ?っていうか虚しいからなんか喋ってよね。独り言が多い子みたいじゃん」
「…ごめん、あの…」
「うん?」
「わかって、る、んだと、思う…」
「何が?」
「落ちた、果実…?」
「わかってるって?」
「かわい、そうだ…って…」
木の下に落ちてしまった果実は、かわいそう。
憐れんでいるのか、みんなも。
しかし知らないふりをするのだ。傷一つもない、立派に、枝についていた果実を褒め称えるのだ。
それを、わかっている。振り落とされた果実も、それを見ようとしない人も。
だから上を見るのを諦める。
でも好きだよ、あたし。
支える腕の力は弱くても、形は不恰好でも。
心の底から大好きだって言える。
「早く春がこればいいね」
「うん…」
だってほら、今だって、あたたかい。
未完成な果実