眠たくなるほどぽかぽかした陽だまりの中。
もう春なんだなあ、そう思ってすっかり芽吹いた桃色の木を見上げる。
あ、やばい、顔がにやける。
マスクをしていてよかった。空を仰いで一人で笑ってるなんて、不審者そのものだ。
桜の下で宴会だとか、新学期で入学だとか、世間が騒ぐようなそんなことよりも、我が家ではもっと重要なイベントがある。
そう、春の大誕生日会だ。桜子ちゃんと李杏。そして少し遅れて、私。
クリスマス間近に生まれた人がそのお祝いと一緒くたにされてしまうように、近い誕生日の人は纏めておっきなパーティにしてしまうのが我が家の恒例行事。
別に1日1日でも構わないのだけど、作るの楽しいし、と家事担当は思う。だけど1人だと特別感がある分、こっぱずかしい。そんな想いが、それぞれにあるのかも知れない。
何故かは分からないけど、自分のことを一番に考えられないような人が集まるような場所だから。
でもその分、誕生パーティは一番大切。だから、誰かの日には、パリスは出来るだけ予定を入れないし、不貞腐れてても李杏は黙って席についている。やっぱり原因はノクスかなあ。
なんて思って、くくっと笑った。
李杏の照れて怒った顔が目に浮かぶようだ。
さて、ぽかぽかに釣られてのんびり歩いている場合ではない。
今日はパーティだから、作るものはどっさりあるしテキパキ動かなきゃ。ノクスたちが帰ってきてしまう前に。
うんしょ、と買い物袋を持ち直して、足早に桜の下をくぐり抜ける。我が家はもう直ぐだ。
小高い丘に建つ我が家は、映画のスクリーンに切り取ってしまえるような、そんな家だ。
大きくともない桜の木が庭にあって、スポットライトが当てられるような立派な樹木には負けるけども、健闘はしていると思う。
そんな桜の木が、他と同様薄桃色に染め上っている。我が家にも春が来たのだ。
重たかった荷物を桜の下の地面に置いて、マスクを取った。
そして桜の花を一輪一輪を眺めていく。やっぱり綺麗。色眼鏡は多少なりとも入っていようが。
そうだ、桜の花弁をお菓子に使おうかな。今年もみんなの笑顔が花開きますように、なんて。
まだ綺麗に咲き誇る花を千切るのは憚られたが(咄嗟に、頬を膨らますノクスの顔が浮かぶ)。
でもちょっとくらい…。と、手を伸ばしたとき、ぽん、と肩が叩かれる。
余りに人の気配がしなかったから、驚いてちょっとだけ肩が跳ねた。咄嗟に手を引っ込めて
振り向くと、春みたいな人が柔らかく微笑んで立っていた。
「あれ、いたの?」
驚いていたためか、何時もよりおっきい声が出た。
誉はこくこくと頷く。そして口に指を1本立てて、しーっという仕草をする。その後自らの背後を指差した。
釣られてその方向を見ると、シルクハットを顔に乗せて、ウッドデッキに寝転がる姿が見えた。
「アレス?寝てるの?」
またもや、誉はこくこくと頷いた。
私の常識が正しければ、今はお昼過ぎなはずだ。そして此処は、我が家なはずだ。
「…何で寝てるの…」
睡眠量が多いということはとっくに理解していたが、矢張り呆れてしまう。
誉はきょとんとした後、うーんと考える仕草をして、何かを思いついたのか指を太陽に向ける。
その後、欠伸の真似をして、両手を合わせて寝るポーズをした。
「太陽…?あくび。……もしかして、暖かくて、眠たくなっちゃった?」
誉の動作を一つ一つ追いかけてそう訊くと、そうそう!といったように、誉は私を指差して笑った。
「ええっ、理由それだけ!?それでいいの!?甘すぎだよ!」
それでこの人は、アレスを見守りながら、誰かが来るのを待っていたわけか。
健気なのか優しすぎるのか、将又何も考えていないのか。
アレスの自由気ままさにも驚くことが多々あるが、誉の温厚さにもよく驚かされる。
だからいいコンビなの?当の本人は、私を見てきょとんとした顔をしていた。
「まあいいや…。中に誰もいなかった?多分譲柚とか今日家から出てないはずだけど」
誉は首を傾げる。
自分も言いながら気付いたが、譲柚がチャイムに出るはずもないか。と。
「とりあえず中入りなよ。アレスは…放っておこ!」
そういって促すと、誉は頷いてから何かを思い出したように桜を見上げた。
「どうしたの?」
無花果も釣られて見上げる。
誉はまた、うーんと考えた後、私を指差しその指をそのまま桜の花びらに持って行く。
すると別の手で、自分の肩を叩いて、もう一度私を見た。
「えーっと…、私が、桜、で肩……だから。さっき、何してたのってこと?」
合っている自信はなかったから、窺うように小さな声で訊いてみると、誉は笑って頷いた。
ああよかった。この人の言いたい事を当てた時、少しだけ嬉しくなる。決まって、笑ってくれるから。
「うーんと…お菓子に使おうかなって。でも、綺麗に咲いてるのに千切るの勿体ないよね?だから辞めた!」
最後の方は恥ずかしくなって、早口に言い切る。
だから行こ!と言った私の手を、誉はぎゅっと握った。
え、と誉を見ると、私の手を両手で包み、子どものように目を輝かせて私を見ていた。
「え…?」
思考停止している私に、誉は顔を近づけてくる。
え、なになになに。
何を考えているのか分からない相手に、心臓がバクバクする。
誉は、私の耳元に口を近づけて、ゆっくりと呟く。
「……“たのしみ”?」
空気だけど、そう聴こえたような気がした。
誉の顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。
「…作って欲しいってこと?」
こくっと誉は頷く。
「じゃあ、作る…」
弱々しく呟く。あれ?なんで私カタコトになってるんだろう。何故かとても緊張してしまった。
硬直する私に対して、誉は今日一番の満開の笑顔で喜んでいた。
よく分からないけど、この人に笑ってもらえるなら喜んで作ろう。そうしよう。
依然として固まる私を置いて、誉はニコニコと早くも綺麗な花弁の選別に移っている。
「なんだよー…春かよー」
ウッドデッキの方から声が聞こえた。ハッ見ると何時から起きていたのか、眠そうに薄目を開けたアレスが上半身を片手で支えてだるそうに此方を見ていた。
「は!?違うし!!」
慌てて声が裏返った私を見て、普段笑う事の少ないアレスが、はいはいーと言いながらケタケタと笑った。
満開になれ