お に さ ん こ ち ら
て の な る ほ う へ


【なつデイ】


遠くで太鼓の音が響いている。 ふと耳にするだけでワクワクといった部類の表現が似合う感情が心の中で躍り、 その伝染が体全体に駆け回り、自然と足踏みをしたりしてしまうのは 小さいころから反射を条件付けられているからだろうか、 もしくは音源に少しでも近づきたいとかリズムに乗って踊りたいといった人間の本能なのかもしれない
普段は履かないぽっくりの、少しくぐもった音を聴きながら、 足慣らしといって重心を前に傾けてみたりジャンプしてみたり自分で決めた範囲を小走りで行ったりきたりしてみた
太鼓の音を耳に、ふと今の時間つぶしの状況に少し苛立ちを覚えたとき、後方からかたことと、こちらも不慣れといわんばかりの音が聞こえた
振り返ってみると自分よりも10cmほど背の高い男の子がふわふわとした白色とも灰色とも呼べそうな髪を揺らしながら駆けて来るのが見えた

「しゅんちゃーん!!」

ノクスは思わず声を大にして相手の名前を叫んだ。ちら、と周りの人が此方を見る
いけないいけない、次から気をつけなくちゃ、とノクスは両手で口をぺちっと塞いだ
ノクスの前で立ち止まった竣瑠は肩で息をしている
「おっそーい!!」
「ご、め…!とまどって、て」
着替えるの、と竣瑠は後から付け加える。まだ息はちゃんと整わないらしい
けれどひとつ大きく息を吐くと、ふと、ウォームのぬいぐるみを手にもっていないことに気がついた。 辺りをキョロキョロ見回してみたが思い返してみると慌てて出てきた家においてきたような気がする
一度気になってしまえば手元が寂しくて仕方がなかった
じわっと竣瑠の瞳がうるんだのを見てノクスはなんでだろうと悩んだ
「おなか、すいた?」
竣瑠は左右に首を振る
「おしっこ?」
また首を振る
「ママ?」
これまた違うと首を振った
ノクスがまたうーんと悩みかけたところ竣瑠の視線がノクスの手元にいっているを見つけた。そして竣瑠の手元には何もない。 その意思に気づき、ノクスは一度自分が持っていたうさぎのぬいぐるみを両手で胸の前で左右に揺らしてから、竣瑠の手にもたせた

「これだっ」
「あり、がとっ!」
「どういたまして☆」
あれ、どういたしますだっけなどと横で混乱しているノクスを横目に、昔はもっと感触もよかったであろうぬいぐるみを竣瑠はギュっと抱きしめた


「それよりはやくいこー!!おわっちゃうよ〜!!」
「いくっ!!」
竣瑠が元気よく返事すると、ノクスはニッと笑った
「じゃーおにごっこ!!しゅんちゃんおくれてきたからおにさんっ!!」
「えぇー!!」
力いっぱい否定をしてみたものの、早くもノクスは走り出している。ぽくぽくと足音が耳に心地よい


「こっちだよ!!」


近所迷惑という言葉を忘れたかのように叫ぶ言葉は逆方向を向いているからだろう、いつもより聞き取りづらい。 けれど雑音の中でもはっきり聞こえた、笑みを含むような声
走りにくいはずなのに全速力で駆けて行くノクスの後を追って走っていくと、それは自然と鬼ごっこになっていた







我武者羅に手を伸ばしたって掴めないよ
だって私、本気だもん