秘密の場所を知ったのはほんのつい最近だったりもする。常に何か重い荷を背負っている様に苦しそうな彼女は、チャームポイントである笑顔も引きつっていて、見ている此方も辛かった。
そんな彼女がいつも全てを投げ出して逃げる場所は必ず同じ。
その日が雨だとしても、彼女は定位置に着いたら服が汚れるのも構わず、しゃがみ込んで弱々しく縮こまって、何かを堪える様に唇を噛み一点を凝視している。泣こうとはしない。寧ろ小さく震えそうになる肩を必死で抑えている姿がなんとも脆くて、その背中から何から、全てのものを守ってあげたいという衝動にかられる。
けれど背丈の低い古いビルの陰から盗み見している状況がなんとも後ろめたく、彼女が自分でない誰かを思っている全く知らない別世界へ足を踏み入れるのはとても勇気がいるのだった。
細かな雨粒が1つ、鼻のてっぺんに当たって落ちた。
其れは今将に地面やビルや空の体を打とうと忙しなく動く他の雨粒に比べるととてもゆっくり動いているように見える。
気が遠くなるほど同じ景色で依然と無花果は体勢を変えない。
完全にタイミングを逃したと脳が判断したらしく、更に足が重く鈍くなった。そんな足が、お前だけ快調でいさせるものかと少し大きくなりかけた勇気を道連れにしていく。だけれど気持ちだけは先に先に進もうとしていて、正直に、苦しかった。
「ちくしょう…」
小さく出た呟きは湿った空気に紛れて消えてしまうほど儚かったから、無花果には聞こえていないだろう。いっそのこと聞こえてしまった方が楽だったかもしれない。
思い切りの悪い自分に腹が立った。臆病とは何だ、昔の自分だったらそう言って退けれたのに、今は悲しいくらい其の気持ちがわかってしまう。
空がもう一度無花果の方に顔を上げたとき、ふいに無花果は立ち上がった。咄嗟に隠れてしまったことを空はまた後悔する。無花果はため息のような深呼吸を一度すると、今までのことは何も無かったかのように笑顔を作り直して其処から立ち去った。
淡い桃色の髪を見つめながら、空はもう一度「ちくしょー…」と呟いた。さっきよりは大きな声で言ったつもりだが、無花果は振り返らずに行ってしまった。1人取り残された空はビルの壁を背もたれにずるずると座り込む。自分は乙女でも慈悲深い人でもないが、零れ落ちる涙の理由だけは知っていた。
背すじ伸ばして、
涙をふいて
(どうにかしたいならまず動かなきゃ。心ではそう分かっているのに。)