「はわー…っ!雨だあー」
「おあめさんだあ…」
4つの青い目が、窓に張り付いて外をじーっと眺めている。
一方は猫耳のスリッパを足で弄びながら、一方は小さな足を目一杯使って背伸びをしながら。
年齢より少しずつ若く見えるその2人の背中を後ろから見ていた無花果は、その落ち着かない様子を見て、あははと笑った。
背伸びをしていたノクスは振り返って、ぶーっとしかめっ面をした。
「なんでいっちゃんわらってるの?おあめさんだよ、おあめさん!!」
「そうですよー!これじゃ外に出られない…」
そるとも振り返って言う。その顔はノクスと同様しかめっ面だった。そのステレオに無花果は更にケタケタと笑った。
「いや、なんか?面白くって…!」
「おもしろくないもん!さっきまでたいようさんだったじゃんー!」
「家で遊べばいいじゃん。折角そると君来てくれたんだし。」
「でも、ぼうけんしようって…」
「あー!!言っちゃだめ!」
そるとが残念そうに眉を下げて言いかけた口をノクスがわたわたと手で押さえた。そしてさっと無花果を見上げる。
「冒険…?」
「ち、ちがうよ!ねえ、そるちゃん?」
ノクスに話を振られて、そるとははっとした顔でこくこくと頷く。
「2人で冒険しようとしてたの?危ないから駄目だよ!しかも今日は雨だから、家で遊んでること!分かった?」
「はあい…」
無花果に捲し立てられた2人はしょぼん、と項垂れる。無花果が立ち去ってからそるとは小さく口を開いた。
「ごめんね、まちがえて言っちゃった…」
「ううん、いいよ!だって、おうちならいいんでしょう?」
「でも、ぼうけん、したかったなあ…」
「あのね、そるちゃん。」
「なあに?」
急にノクスが声のトーンを落とす。釣られてそるとも自然と小さな声になる。もしかして、とそるとは思った。そるとにとってノクスはどんな時でも面白い遊びを思い付く名人だった。ノクスがそるとに耳打ちする。
もしかして。その予想は的中した。
「面白そう!」
「やる?」
「やる!」
斯くして2人の“家の冒険”が開催されたのである。



「つぎの、おだいはねぇ〜…えっとねえ、パリちゃんのおへや!」
「へやで何しよう?さっきがレベル3だったから、つぎはもっとむずかしくて、レベル10のやつ!」
「えぇっ!?レベルじゅう?うーん、えーっと……あ、そうだ!」
「なになに?」
「パリちゃんのおふとんで大のじでねる!」
「ええーっ!!それがレベル10?かんたんじゃんー!」
「あのね、なんとね、パリちゃん今日のあさかえってきたからねえ……いまおやすみ中なんだよ!」
「ほんとに!?じゃあ今までで一番なんもんだ!」
うふふ、と顔を突き合わせて笑う。
その後2人は口を噤みさっと身を屈め、右手を銃の形にして左手で握りこんだ。そのまま並んでリビングの扉までよちよちと歩く。扉の横に背中を付けると、扉に近い方に居たそるとは音を立てないよう、そっとドアノブを掴み細い隙間を作る。廊下の様子を窺い誰もいないことを確認すると隙間を大きくし、ノクスにカモンと合図をする。こそこそと廊下に出た2人はささっと素早く動き、また壁に張り付く。その動きはもう慣れた物である。

2人が決行してるのはそう、冒険ならぬスパイごっこ。
ノクス曰く“みっしんいんぽっしぶーごっこ”(Mission impossibleの事だと思われる)。
数時間前、外への冒険を断念せざるを得なかった2人は、ノクスの思いつきで家の中を冒険しようと決めたのだった。
誰にもばれずに任務を遂行しようとそれは次第にスパイごっこになり、これまでに2人は幾つかの任務を誰にも見つからず遂行してきた。他人からすれば何が楽しいの?レベルの任務である。
しかし2人にとってはドキドキヒリヒリのスリリングな遊びだった。

ターゲットの部屋の前で2人は目配せし、今度はドアノブに近いノクスが部屋の中を覗く。予想通り、敵はぐーすかと眠りこけている。おーけー。2人は更に身を屈めて部屋へと侵入した。
ベッドの前に到着した時、ノクスは「あちゃー」と小さく呟き、慌てて口を手で塞いだ。幸い敵には届かなかったようで起きる様子はない。何だろうとそるとがノクスの視線の先を追うと、敵はベッドを目一杯占領していたのである。隙間があるとすれば足元の数十センチである。あちゃー、とそるとも口だけを動かした。
あたし、行く。とノクスは意を決し、そるとにジェスチャーする。こく、と唾を呑みこむ音がした。ノクスがしたのか、そるとがしたのか分からなかった。
そうっとノクスがベッドに手をかけ、次に右足を乗せた。ぎしっとベッドの軋む音が響く。そるとが口の前に指を立てた。まだ、敵は起きない。
よかった。そうっと、慎重に。ノクスは極限まで動作を遅くし、そっと背中をベッドに向けた。ぱらりと、絹のような黒髪が敵の足に落ちる。
その瞬間、敵はぱちっと目を開け、びっくりしたように足元を見遣った。
「ノクスちゃん!」
そるとが叫ぶと同時にノクスが悲鳴をあげた。
「えっ、なになに!?」
状況を呑み込めないパリスが2人を交互に見つめる。

「うわー、しっぱいしっぱい!」
「見られちゃったね!」
2人は落胆の色を見せた後、どちらからともなく、くすくすと笑いだした。
「今の、かんぜんにバーンだったよ、ノクスちゃん、じゅうしょう」
「はあ…、にんむしっぱーい。じょうしにしかられちゃうー!」
「次の、にんむから、外されちゃうね!」
「やーだよー!」
ケタケタと明るく笑う2人に、パリスはおずおずと話しかける。
「えーっと、何の任務か、訊いてもいい?」
2人はその問いかけに、また顔を見合わせて笑った。
「ないしょだよー!」



雨はすっかり止んでいたけれど。
そんなことも忘れてしまうくらい、
こうしているのが幸せなんだ。
一緒に居るだけで楽しい、何時までも君と二人で。










ギャングイジ